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大阪家庭裁判所 昭和50年(家)3149号 審判 1978年9月26日

申立人 谷口エツ子

相手方 谷口キヨ

主文

1  被相続人亡谷口繁の別紙物件目録記載の遺産を次のとおり分割する。

(1)  別紙物件目録記載の各物件を、いずれも申立人の単独取得とする。

(2)  申立人は相手方に対し、上記分割の代償金として金二二五万五、〇〇〇円を支払え。

2  本件手続費用中、鑑定人○○○○に支給した分金一〇万円の内金五万円を申立人の負担とし、その余を相手方の負担とし、その余の費用については各自の負担とする。

理由

本件記録に編綴されている各戸籍謄本、各登記簿謄本、当裁判所の申立人、谷口敏光及び下山武志に対する各審問の結果、家庭裁判所調査官○○○、同○○○○各作成の調査報告書、当裁判所の照会に対する○○○○○○株式会社人事部大阪第二G○○○○作成の回答書、家庭裁判所書記官○○○作成の電話聴取書、鑑定人○○○○作成の不動産鑑定評価書、取寄せにかかる徳島家庭裁判所池田出張所昭和五〇年(家イ)第二二号遺産分割調停事件記録その他本件にあらわれた一切の資料を総合すると、次の事実が認められる。

第1当事者の身分関係並びに法定相続分

被相続人亡谷口繁(以下亡谷口繁、亡繁または繁という。)は大正一四年一〇月一四日本籍地で父谷口耕三(明治三二年一一月一五日生、昭和三〇年六月三〇日死亡)母同キヨ(相手方、明治三五年五月五日生)の三男として出生し、昭和二七年四月一二日村川エツ子(昭和四年九月一五日生)と婚姻し、以後エツ子と夫婦として生活を続けてきたが、子供のないまま昭和五〇年一月二二日大阪市○区において死亡した。したがつて、亡谷口繁の相続人は妻である申立人谷口エツ子(以下エツ子という。他の関係者も適宜名のみ記すことがある。)及び母である相手方谷口キヨの二人であり、各当事者の法定相続分はそれぞれ二分の一である。

第2本審判に至る経緯

繁は上記のように昭和五〇年一月二二日大阪市○区の病院において蜘蛛膜下出血により死亡した。その後、エツ子とキヨの居住地が離れていることもあつて双方間で十分な協議もなされないまま、エツ子は昭和五〇年九月二九日キヨの住所地を管轄する徳島家庭裁判所池田出張所に亡繁の遺産分割の調停を申し立てた(同庁昭和五〇年(家イ)第二二号)が、キヨの出頭の可能性が薄かつたことから、同年一一月四日エツ子は一旦同庁に対する申立てを取下げ、あらためて同月一〇日当庁に対し亡繁の遺産分割審判の申立てをした。その後、当裁判所はエツ子を審問するとともに、上記池田出張所にキヨらの調査嘱託をなす等し、調停による解決可能性を探りつつ審理を行つてきたところ、エツ子はキヨの出方によつては話し合いに応ずる姿勢を有していたが、キヨは「法定相続分どおりの遺産を取得したい。」という主張を繰り返すのみで、話し合いに応ずる姿勢をみせなかつたところから、調停に回付せず本審判に至つたものである。

第3遺産

1  遺産形成に至る経緯

別紙物件目録記載の各物件はいずれも繁と申立人との協力により形成されたものであるが、以下にその経緯を述べる。

(1)  繁は前叙認定のように本籍地で出生し、両親の手で養育されて成長し、地元の高等小学校を卒業したが、卒業後間もなく大阪市に出て稼働するようになつた。その後エツ子と知り合い、昭和二七年三月二三日結婚式を挙げ(同年四月一二日婚姻屈出)、以後死亡するまで夫婦として同居生活を続けていた。繁はエツ子と結婚後の昭和二八年五月二六日○○○○○○株式会社に入社し、死亡するまで同社において勤務していた。結婚時並びにその後において、繁夫婦は繁の実家から格別の援助をうけたことはなく、夫婦の生活は事ら夫婦の稼働による収入によつて支えられてきたものである。すなわち、

(2)  繁夫婦は結婚当初は神戸市内のアパートで世帯を持つたが、昭和二七年一〇月大阪市○区に転居し、更に同市○○区、寝屋川市○町、同市○○を転々とし、昭和四四年一〇月二五日からエツ子の現住所である高槻市○○○町××××番地の××に住むようになつた。寝屋川市○町に転居したのち、昭和三九年暮頃から繁とエツ子は繁の勤務後や休日に副業としてガラス修繕の仕事を行うようになり、また現住所に転居したのちの昭和四七年春頃から繁は会社の同僚である下山武志と休日等を利用して民家の屋根や壁等を主な対象とするペンキ塗装のアルバイトを行つていた。

(3)  ところで、繁夫婦は昭和三八年二月寝屋川市○町ではじめて自宅(四軒長屋の一戸)を購入したのであるが、そのときは代金五四万円の内頭金三三万円を繁の給料及びエツ子の内職により貯めた金で払い、残額を繁及びエツ子の上記収入で支払つた。その後昭和四二年二月に同市○○において一七〇万円位で新たに家を入手した際、上記○町の家を売却して得た金を頭金とし、残額を銀行から借り入れ、その借金を繁の給料並びに前叙繁及びエツ子が共同で行つたガラス修繕の副業よりあがる利益で完済した。更に、昭和四四年一〇月高槻市○○○町××××番の××に土地、家屋を四六九万円で求め(別紙物件目録1及び2記載の土地、家屋)、上記○○の家を売却して得た金を頭金とし、残額を銀行からの借り入れ金で充て、その借金を前同様繁の給料及びガラス修繕、ペンキ塗装の副業よりあがる利益で支払つた。その借金を完済して暫くのち、老後の生活安定を図るためもあつて滋賀県東浅井郡○○町において山林を購入し(別紙物件目録3記載の山林)銀行からの借り入れ金でその代金を支払うとともに、銀行に対する借金は前同様繁の給料及びペンキ塗装からあがる利益により支払つていたが、その途中において繁が死亡した。しかし、残りの借金については、繁が上記山林購入の際、その売買契約と同時にそれに付随して締結した生命保険契約の生命保険金により充当されて完済に至つている。

2  寄与分

前叙のように、本件遺産形成の過程においてはエツ子の協力寄与のあつたことが認められる。ただし、エツ子の内職による収入の詳細は、それが二〇年以上も前のことであるだけに明らかではないが、繁夫婦が最初に入手した寝屋川市○町の家屋を取得する際、内職による収入がそれに貢献したことは十分に認められる。また、繁が行つていたガラス修繕、ペンキ塗装においても、エツ子は注文取りや資材運搬等に携わり、共同の副業形態であつたことが認められる。そして、その副業からあがる利益が別紙物件目録記載の各物件取得のために用いられているのである。かようにして得られた上記各不動産は、一応繁名義になつているとはいえ、その形成過程におけるエツ子の叙上のような協力寄与の実情を斟酌すれば、繁とエツ子との協力(エツ子の協力は通常の夫婦間の協力扶助の程度を超えているものと認められる。)によつてつくられたものとみるのが相当である。そして、婚姻中に夫婦の協力によりつくられた財産は、たとえその名義が夫婦の一方の単独名義になつているとしても、夫婦の共有とみるべきであり、(民法七六二条二項)、かつその持分は特段の事情の窺えない本件においては各二分の一とするのが相当である。(民法二五〇条)

なお、キヨにはなんらの寄与分もない。

3  遺産の範囲とその評価

(1)  叙上のような次第で、本件においては別紙物件目録記載の各不動産は、亡繁とエツ子との共有(持分は各二分の一)であり、したがつて、亡繁の遺産は同各不動産に対する共有持分二分の一ということになる。

(2)  なお、繁の死亡時点においては、上記各不動産の外、繁名義の定期預金(額面八〇万円)が存在していたのであるが、同預金もまた前叙同様エツ子の協力寄与によりつくられたものであり、したがつて、不動産と同じくそれは繁とエツ子の持分を各二分の一とする共有であつたものと認められる。ところで、該預金は繁の死後エツ子の手で全額引き出され、その内の一部分が亡繁の葬儀費用に費消されているのであるが、元来葬儀費用は相続財産の負担とするのが相当であるところ、本件においては葬儀費用として少くとも上記預金の二分の一である四〇万円を超える額が使われていることが認められるので、上記預金中の繁の持分に相当する部分は全額葬儀費用に費消されたものとみて、上記預金に対する亡繁の共有持分は遺産分割においてはとくに考慮する必要がない。

(3)  そうすると、本件における亡繁の遺産は、別紙物件目録記載の各不動産に対する共有持分二分の一であり、これ以外には存在しない。そして、その評価は鑑定人○○○○の鑑定結果によると、次のとおりである。すなわち、

(イ) 高槻市○○○町××××番の××

宅地八三・二三平方メートル(鑑定評価四九九万三、〇〇〇円)の二分の一。したがつて、二四九万六、五〇〇円となる。

(ロ) 同所××××番地の××家屋番号×××番××

木造瓦葺二階建居宅(鑑定評価二五六万六、〇〇〇円)の二分の一。したがつて、一二八万三、〇〇〇円となる。

(ハ) 滋賀県東浅井郡○○町大字○○○字○○×××番××

山林二五二平方メートル(鑑定評価一四六万一、〇〇〇円)の二分の一。したがつて、七三万〇、五〇〇円となる。

以上によれば、遺産総額は、

2,496,500+1,283,000+730,500 = 4,510,000

すなわち四五一万円となる。

第4特別受益

1  キヨに特別受益はない。

2  エツ子については、亡繁の生前同人から贈与を受けたことはなく、また遺贈を受けた事実も認められない。ただエツ子は繁の死亡にともない、(イ)当時の繁の勤務先である○○○○○○株式会社から、亡繁の死亡退職金として四五〇万七、五四〇円、並びに(ロ)生命保険金五〇〇万円をそれぞれ受領していることが認められ、これらについての特別受益性が問題となりうる。(なお、これらについては、遺産性も問題となりうるので付言するに、まず死亡退職金についてであるが、亡繁が死亡当時勤務していた○○○○○○株式会社においては、退職金の支払いに関し、同会社社員賃金規則があるが、それによれば死亡退職金の受給権者につきなんらの規定もないところ、同会社の死亡退職金の支給慣行としては、相続人のうちで被相続人と最も密接な生活関係を有していた者に支給されていることが認められ、現に本件においてはその慣行にしたがい、亡繁の死亡退職金はエツ子に支払われているのである。したがつて、本件においては、死亡退職金の受給権者は相続人ではなく、相続人のうちで被相続人と最も密接な生活関係を有していた者であり、かつその者が、同会社社員賃金規則並びに死亡退職金支給慣行により、直接会社から死亡退職金を受給するものとされているのである。してみれば、エツ子が既に受給している亡繁の死亡退職金はエツ子がその固有の権限にもとづき直接○○○○○○株式会社から取得したものであつて亡繁の遺産ではないというべきである。次に生命保険金についてみるに、本件においては保険金受取人はエツ子と指定せられていたことが認められるが、かような場合には受取人として指定せられた者がその固有の権利として生命保険金を取得するものと解するのが相当であり、したがつてそれは亡繁の遺産ではないというべきである。)

ところで、本件においては、死亡退職金並びに生命保険金(以下死亡退職金等という。)は、叙上のようにいずれも繁の死亡により原始的に受給権者または保険金受取人(以下受給権者等という。)たるエツ子が取得したものであり、したがつて繁がエツ子に対し死亡退職金等を遺贈したといえないことはいうまでもない。にもかかわらず死亡退職金等が遺産分割において民法九〇三条の特別受益性を云々されるのは、要するに共同相続人間の実質的公平という観点が強調されるがためにほかならない。そして、死亡退職金等が共同相続人の一人に帰属した場合、それを特別受益として考慮に入れないと、共同相続人間の実質的公平を欠くに至ることが多いと考えられるが、他方、逆に、相続人の地位(配偶者か、直系卑属か、直系尊族か、兄弟姉妹か)、共同相続人間の身分関係(配偶者と直系卑族か、配偶者と直系尊属か等)、被相続人と相続人との生活関係の実態(親疎、濃淡等)、相続人の遺産の形成維持に対する寄与の有無・程度・態様、相続人各自の生活の現状等諸般の事情を勘案した場合、死亡退職金等を特別受益として考慮に入れることにより、かえつて共同相続人間の公平を欠くに至る場合も考えられないわけではない。ことに、死亡退職金は受給権者の生活保障機能を強く帯有し、また生命保険金についても、保険金受取人を配偶者と指定している場合には、死亡配偶者は自己の死後生存配偶者に対する生活保障を企図している場合が多いものと推測され、いずれの場合にも死亡退職金等は生存配偶者の生活保障の意義を有することが多いのであるが、これらについては被相続人の死亡によりはじめてその権利が具体化するために、仮にそれらを特別受益と考えた場合においては、通常の贈与、遺贈の場合と異なり、被相続人において持戻免除の意思表示をする機会がないので、機械的、形式的にこれらを特別受益として持戻した場合には、具体的事情如何によつては、死亡退職金等の有する受給権者等の生活保障的機能を著しく減殺または没却する惧れなしとせず、かくては死亡退職金等の趣旨・機能並びに被相続人の意思に背馳することとなるのである。これを要するに、共同相続人の一人が取得した死亡退職金等については、遺産分割審判において、原則として民法九〇三条に規定する遺贈に準じ、特別受益と考えるべきであるが、これらを特別受益とすることにより、共同相続人間の実質的公平を損うと認められる特段の事情のある場合には、特別受益性を否定するのが相当であると解すべきである。

叙上の見地にたつて本件をみるに、既に認定したように、本件遺産形成の過程において、エツ子は繁に対し通常の夫婦の協力扶助を超える協力寄与をなしており、かつ本件のように亡繁との間に子のない場合においては、とくに死亡退職金等は生存配偶者たるエツ子の爾後の生活保障的機能を有するものであること、これに対し、キヨにはみるべき協力寄与はなく、かつその老後の生活は長男である谷口敏光等の援助等により十分保障されていること、もし仮に本件において死亡退職金等(合計九五〇万七、五四〇円)を特別受益として持戻した場合には、遺産の総評価額は前叙のように四五〇万円であるから、結局エツ子の具体的相続分は零となり、本件遺産はすべてキヨの取得となるわけであるが、この場合エツ子が現住土地家屋のすべてを自らの所有とするためには、一応四五〇万円という対価が必要となるところ(もつとも、これもキヨが四五〇万円でその権利を譲渡する気持ちになればという仮定にたつたうえでのことであるが)、エツ子自身の固有財産として、前叙死亡退職金等を除き、みるべきものがない本件においては、死亡退職金等の半分近くをその支払いにあてなければならないこととなり、かくては、死亡退職金等の生活保障的機能が著しく減殺され、結局は額に汗して働いた者に酷な結果を招来することになること(キヨ死亡の時において、エツ子に代襲相続権が認められていないことも、結果の不当性を増大する一因といえよう。)等の諸事情が認められ、その他相続人の地位、共同相続人間の身分関係等もあわせ考えれば、本件においては、前叙死亡退職金等を特別受益とすることが共同相続人間の実質的公平を損う特段の事情があるものというべきであり、したがつて、本件においては、死亡退職金等は特別受益ではないと考えるべきである。

第5分割

1  具体的相続分

叙上の結果によれば、当事者両名にはいずれも特別受益はないのであるから、両名の具体的相続分はいずれも二分の一となる。そして、遺産総額は前叙のように四五一万円であるから、各当事者の取得分は、

4,510,000×1/2 = 2,255,000

すなわち二二五万五、〇〇〇円である。

2 分割方法

叙上認定のとおり、本件遺産を構成する高槻市○○○町××××番地の××の土地、家屋は、亡繁とエツ子の協力により形成された遺産であり、エツ子が亡繁の生前から同人と共に居住し、かつ繁の死亡後も同所を生活の本拠として管理、使用していること、他方キヨは現住所において長男谷口敏光等の援助をうけつつ平穏な生活を送つており、(長男敏光は椎茸、野菜の栽培を業とし、資産としては山林約六〇町歩、畑五反、宅地二二〇坪余を有している。)、その年齢(満七六歳)、これまでの生活歴(本籍地で生活を続けてきた。)、現在の健康状態(高血圧症、冠不全症)等からして今更高槻市の本件遺産に移り住むことは著しく困難であること、その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、本件においては現物による分割を避け、エツ子に対し債務を負担させて分割すべき特別の事情があるものと考えられる。したがつて、本件遺産はいずれも申立人エツ子の単独取得とし、エツ子に対して相手方キヨの取得分である二二五万五、〇〇〇円に等しい債務を負担させる分割をなすとともに、同債務の支払いを命ずるのが相当である。

第6結論

以上の次第であるから、本件については主文第1項(1)(2)のとおり分割することとし、手続費用については、鑑定人○○○○に支給した費用一〇万円の内五万円を申立人エツ子の、その余を相手方キヨの各負担とし、その余の費用については各自の負担とする。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 出口治男)

別紙 物件目録<省略>

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